- 書籍名:十字架のカルテ
- 著者名:知念 実希人
- 出版社:小学館
- 出版年月:2020/3/18
- ジャンル:医療ミステリー、小説
- ページ数:単行本302ページ
語られることのない患者たちの秘密、そして1人の研修医が背負う“十字架”。
医療現場を描く作品というと、少し堅苦しく重たいイメージを持つ方もいるかもしれませんが、この物語は、医療の知識だけでなく「人間の心の奥」に切り込んでいくミステリーです。
そのため、専門的な知識ながら人間としてのありふれた感情の変化を味わうことのできるマニアックかつ奥深い作品です。
この本を読んだきっかけ
私はもともと知念実希人さんの作品を1作品だけ読んだことがあり、それが「ムゲンのi」という作品でした。
医療系小説自体が初めてでおそらく多くの人が最初に思うであろう「堅苦しい、重い、専門的すぎる」といった偏見も持ちつつ読み始めました。しかし、いざ読んでみると作品に没入しすぎて一気読みしてしまうほどでした。
そして先日書店に立ち寄った際に知念実希人さんの作品が数冊並べられており、あらためて当時の感動をおもいだし購入しました。
あらすじ
精神鑑定医を目指す新人医師・弓削凛が、精神鑑定の第一人者である影山司院長のもとで、重大事件の容疑者たちの心の闇に迫る医療ミステリ小説です。
全5話構成で、統合失調症や解離性同一性障害(多重人格)など各話ごとに異なる事件と精神疾患を扱いながら、凛自身が精神鑑定医を志す理由や、彼女の過去に関わる“十字架”が物語の軸となっています。
作品のテーマや魅力
医療のリアルと人間の情
知念さんが現役医師だからこそ描ける「現場の緊張感」と「患者との距離感」。
病気や死という避けられないテーマに、現実的かつ優しいまなざしで向き合っており、読者もその場にいるかのような臨場感を味わえます。
心理ミステリーとしての完成度
いわゆる“事件”が起こるサスペンスというより、登場人物それぞれの「心の謎」が少しずつ解けていくタイプのミステリー。
ラストにかけて、点と点がつながり、思わず胸を締めつけられる展開に惹き込まれました。
印象に残ったポイント
圧倒的没入感
以前読んだ『ムゲンのi』でも感じたことですが、知念実希人さんの作品には、圧倒的な没入感があります。
その要因のひとつとして、ストーリーの視点が一貫して主人公に寄り添っている点が挙げられると思います。
もちろん作品のタイプにもよりますが、専門用語が飛び交い、シリアスな場面が多く描かれる医療現場を舞台にした作品では、視点やエピソードが多すぎると、読者が物語に入り込みにくくなることがあります。
しかし本作では、主軸となるストーリーに焦点を当てる構成によって、読者が自然と物語に入り込み、自らページをめくってしまうような仕上がりになっていました。
読者に過度な負担をかけず、物語に引き込む構成は、知念実希人さんの作品の大きな魅力のひとつだと改めて感じました。
正解のない問題
物語のきっかけとなるのは、精神疾患の疑いがある被疑者による事件であり、その鑑定を担当する精神科医の視点で語られます。
そこには当然、被害者も存在し、遺された家族の深い悲しみや将来への不安が丁寧に描かれています。
仮に被疑者が罪に問われたとしても、それは形式的には「正しい」判断と受け止められるかもしれません。
しかし、精神疾患のある人物が起こした事件に対して、誰が責任を負うべきなのか、本当に罰を与えることが解決なのか——そういった根本的な問いが残り続けます。
その答えの出ない問いに対して、登場人物たちはそれぞれ葛藤し、時にはやり場のない感情に向き合うことになります。
本作は、そうした正解のない問題と直面したときの、人間としての戸惑いや心の変化がとくに印象的でした。
おわりに
専門性の高い医療系ミステリーでありながら、ぐっと引き込まれる魅力を持った作品でした。
これまでただ傍観者として見ていた“事件”に対して、もう一歩踏み込んで考えるきっかけを与えてくれる一冊です。
たしかに、医療ミステリーというジャンルには「堅苦しそう」「重そう」「専門用語が多くて難しそう」といった理由で敬遠されがちな面もあります。
ですが本作は、そうしたハードルを感じさせずに物語へ没入させてくれる作品であり、このジャンルに対するイメージを覆してくれる一冊だと思います。
医療ミステリーが初めてという方にも、最初の一冊として自信を持っておすすめできる作品です。
ぜひ手に取ってみてください。
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